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紫色の月光

紫色の月光

第二十六話「ああ、愛しの怪盗様  前編」

第二十六話「ああ、愛しの怪盗様」  前編



 アメリカの豪華客船『クラーケン号』。この船が出港まで後二時間と迫っている時、ある二人の青年が船内の室内で食事を始めていた。

「いやー、しかし久々にアメリカに帰ってきた!」

 青年の一人、エリックは笑顔でそう言うと、パンを乱暴に口内にねじ込む。その性格が現れているのか、噛み切り方も豪快だ。

「そういえばエリックは最初アメリカにいたんだよね。どう? 久々に帰ってきた感想は」

 相方の狂夜が牛乳瓶の底みたいな眼鏡をかけ直してからエリックに問う。すると、エリックは少し俯いてからこう答えた。

「んー、ぶっちゃけあんま変わってない印象だな。まあ、流石にがらりと変わるとは思ってね―けど」

「ふーん」

 狂夜は生ハムをフォークで一気にぶっさしてから食べている。正直、礼儀作法もクソも無いような気がする光景だった。食事の後が戦争の後のような感じがする。

「ところで、アメリカで『お仕事』する場合、この国で気をつけておいたほうがいい警官って誰だと思う?」

 不意に、狂夜がそんな事を言ってきた。
 因みに、彼等がいう「お仕事」とはやっぱり盗みである。故に、要注意人物として挙げられそうな警官、探偵と言った連中は今のうちに確認しておく必要があるのだ。

「んーそうだな。……取り合えず、前世がゴキブリだと思われるネルソン警部だな」

 納得してしまう辺りが非常に情けない。しかし、あのネルソンの異様な生命力としぶとさはゴキブリを彷彿とさせる物がある。

「後は……ぶっちゃけ敵じゃねぇ」

「凄い自信だねぇ」

 感心している狂夜を見ながらエリックがまぁな、と言う。

「なんつっても、警部以外は俺についてこれねぇ……まぁ、あくまで俺が居た時の話だが」

「と、言う事は今のアメリカ在住の警官で、君の知らないヤバイ警官がいるかもしれないって事かい?」

「んー……まあ、流石にそんな奴いやしねぇと思うがなー」

 そう言うと、エリックはフォークを器用に指で回しながら今回の『獲物』の図を頭の中で思い浮かべた。





「黒真珠『ブラックパール』……ですか?」

 ジョン・ハイマン刑事がそう言うと、彼の相棒であり上司のネルソンは頷いた。因みに、彼等は現在、船の船長室に居る。船長さんと打ち合わせをし、今回やってくるであろう泥棒についての対策を練る為だ。
 所がどっこい、どういうわけかその船長さんの姿が無い。故に、二人はソファーに座って待っているのだ。

「うむ、まあ正確に言えばネックレスになるらしい。それが、今回この船の旅での金持ちの楽しみなんだそうだ」

 『楽しみ』と言うのも、実はこの船はオークションも行っているのである。今回のエリックと狂夜の獲物、ブラックパールはそのオークションの目玉なんだそうだ。

「でも、他のは盗まないんですか?」

 ジョンの口から疑問が発せられる。
 確かに、船内でオークションが行われるのなら何か他のも盗む確率が高いし、しかもこの船はなんとカジノまで設置されている。金狙いで来る可能性だって否定できない。

「いや、それはない」

 しかし、ネルソンはその可能性を一蹴した。

「奴等はああ見えても随分と律儀でな……予告書に書いたターゲット以外は決して狙っては来ないんだ」

「え、そうなんですか?」

「ああ。しかしその代わり、一つのターゲットを狙って恐るべき執念で襲撃してくる」

 長い事あの泥棒たちを追っているが、そんなこと初めて聞いた。しかし、今にして思えば確かにそうだ。中国の美術館でもわざわざ大きい物だけ奪って、他の小さな物を盗まなかったのがその証拠と言えるのだろう。

「やぁ、遅れてすまない」

 すると、後ろの扉からごつい男の声が響いた。扉が開く音がすると同時、その声の主であり、部屋の主である船長が室内に入ってくる。

「いや、申し訳ないネルソン君。つい趣味に時間を多く使ってしまった」

「いや、構いませんぞ」

 このネルソンの口調からして、二人はどうやら知り合いのようだ。どんな人なんだろう、と思いジョンがその男に視線を向けると、

「―――――――」

 思わず石化してしまった。いや、『ならざるを得ないほどの衝撃を受けた』のだ。
 何故かと言うと、船長の姿がジョンから一言で言う所の『変態』の格好だったからだ。その妙に筋肉質な素肌を大きく露出した黒のボンテージと言う恐るべき格好で入室してきたら多分誰だって引く以前に固まるだろう。己の目と世界に疑いを持ってしまうが為に。

「む、どうしたのかねジョン刑事」

 話し掛けられてようやく我に帰った。そしてその後、彼が行うべき行動は一つである。人差し指を船長に、何処かの弁護士の如く突きつけてから、彼は叫んだ。

「異議あり! あ、あんたなんでそんなカッコしてるんだ変態ー!」

 次の瞬間、ジョン刑事は隣のネルソン警部に思いっきり殴られた。

「馬鹿者! ジョン、この方を何方かご存じないのか!?」

 ネルソンが偉く力説している。一体この変態の何処が何だというのだろうか。
 余談だが、船長の右胸部にはピンクの可愛らしい文字で『びびあん』と書かれていた。

「だ、だって警部! アレ見て突っ込まないアーンド逃げない人は絶対いないですよ! つーか出来るなら全部見なかったことにして船から出て行きたい! つか出して!」

「ジョン、しっかりしろ! 起きないとお月さんから超獣がやって来るぞ!」

 その起こし方もどうだろう、とびびあんは思った。自分のせいでこうなったと言う事には1ミリも気付いていないようである。

「ジョン、よく聞け! このお方こそ、警官四天王を纏め上げる警官のトップの中のトップ! ダルタニアン・ニコレー『大長官』だ!」

 ネルソンが叫んだその瞬間、時が止まった――――――様な気がした。
 
「え、えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!?」

 次の瞬間、ジョン刑事が月にまで届くんじゃないかと思われるほどの大絶叫を上げた。

「ち、ちょっと待ってください!」

 ようやく現実世界に戻ってきたらしいジョン刑事が慌てながら言う。

「何かな、ジョン君」

 それに対し、ダルタニアンは平然とした感じの口調で返す。気のせいか、格好に似合わず妙に威厳が溢れているような感じがする。

「あんた警官なのになんで船長やってるんですか!?」

「うむ、いい質問だ」

 何処か満足したような顔でダルタニアンが頷く。と言うか、その格好は何とかならないのだろうか。はっきり言って目に毒である。

「先ほど、ネルソン君が言ったように、私はポリスのトップで、しかも『大長官』なんて呼ばれている身分だ」

 以前、エリックやマーティオを追いかけた時からは想像できないほどの真剣さでダルタニアンが語りだした。しかし、それでもジョン刑事は早い所ダルタニアンの服装を何とかして欲しい気持ちで一杯だった。

「ところがね、実の話、四天王でも私の姿は知らない奴が多いのだよ」

「へ? 何でですか?」

 ジョンが思わず疑問の声を上げる。何せ、先ほどネルソンはこう言った。

『四天王を纏め上げている』

 それなのに何故そういう展開になるのだろうか。しかし、その答えは案外簡単だった。

「無用心に顔を登場させたらそれこそ狙われるかもしれないだろう? それに昔、四天王の一人が裏切って私に怪我を負わせたことがあるのだよ。ほら、此処だ」

 そう言うと、ダルタニアンは何故か黒のパンツを脱ごうとする。

「わあああああああああ!!! 分った、分ったから脱がんといてください! 寿命が縮みますって!」

 そしてジョン刑事はそれを必死になって制した。恐らく、この時点で彼の寿命は一気に4年分は減ったはずだ。色々と苦労が多いのは神が彼に与えた試練なのか。

「私の正体を知っているのはネルソン君とジョン君、そしてつい最近知ったヒーロー警部含めて現在の警官では5人くらいかな?」

 一体ヒーロー警部はどんな衝撃を受けたんだろうか、とジョン刑事は思った。殆どギャグ漫画同然だったとはいえ、彼は命の恩人ともいえる存在である。心配と言えば心配だ。

「さて、話を戻すが……四天王は独自の動きで事件を解決する奴が多くてね。はっきり言って、今の私は『暇』なんだ」

「はぁ」

「そこで、私は今まで使う事も無かった貯金を使いまくって趣味を満喫していると言う事だね。ハイマン刑事、君も貯金はしておく物だよ?」

 貯金でこんなオークションなりカジノなりある豪華客船を手に入れたって、どんな金持ちなのだろうか。
 しかし、それと同時、ジョンは思う。

 その格好も趣味なんですか、と。

 ただ、聞いたら何か大切な物を失ってしまうような気がしたので、敢えて聞かないで置いた。と言うか、警官の次元を色々と超えて問題じゃ無いのだろうか。

「さて、二人共。今回の泥棒についての話をしようか」

 格好の問題もあったが、ダルタニアンは大長官の顔になって話を切り出した。




 船のもう一つの目玉、カジノでは、四人組の男がどういうわけか従業員の男に連れらて個室に来ていた。その四人の中央にいる年齢40近くのおっさんは従業員に言う。

「で、ブツは用意できてるんだろうな、ドクキノコ」

 ドクキノコ、と呼ばれた若い従業員は不敵な笑みを見せたから彼等のリーダーである団長、コメに返答する。

「勿論です、団長。こういうのは俺の仕事ですからね」

 ドクキノコは基本的に変装して、内部から団長達の手伝いをするタイプである。前回の飛行機で団長達に銃を与えたのだって同じだ。

 さて、何故此処にこの前逮捕されたはずの団長達が居るのかと言うと、答えは簡単だ。皆揃って脱獄したのである。そして性懲りもなく、今度はカジノの金を狙ってやって来たのだ。しかも今回はタイミングの悪い事にエリック達やネルソン達も乗っているのだが、残念ながら団長はそれを知らなかった(と言うか、ドクキノコが乗客まで調べていないので其処まで知ることが出来なかった)。

「よし、お前等。確認しておくが、後2時間後、午後12時に計画を実行に移す。トイレはそれまでに済まして置けよ!」

 団長が力強く言うと同時、他の四人が頷いてからそれぞれの位置に着いた。





 計画実行まで1時間45分となった時、エリックと狂夜の部屋の扉からノック音が響いてきた。

「はーい?」

 何かと思い鍵を開けると、凄まじい勢いで一つの影が部屋の中に飛び込んできた。

「な、何だぁ!?」

 何事かと思い、思わず最終兵器を呼び出してしまいそうになってしまった二人だが、其処で彼等は気付いた。部屋の中にゴキブリのように忍び込んできたのは人影で、しかも年齢は見た感じ60近い「おばちゃん」だと。

「ふっふっふ……清掃の時間だよ!」

 気のせいか、おばちゃんは偉く張り切っている。手に持っているバケツとモップがやけに恐ろしく見えるのは気のせいではないはずだ。

「な、何モンだあんた!?」

 エリックが言うと、おばちゃんは目を光らせてから言った。

「私の名前? 知りたいのかい、若造」

 おばちゃんの左右の瞳がぎらり、と光りだす。思わず引いてしまいそうな光景だった。

「私の名は薫! この船の清掃員を担当している最強最悪のおばちゃんさね」

 最強最悪と自分で言う辺りどうなんだろう、と狂夜は思った。しかし、エリックはおばちゃんを見て思わず叫んでしまっていた。

「あああああああああ!!! 思い出した、あんたは中国で狂夜と変態を一発でノックダウンさせたおばちゃん!」

「おや、あんた等あの時の連中かい。嫌だね、あの時はわざわざ変装までして若く見せたつもりだったんだけど、あの時いた奴が来るとは予想外だったよ」

 どうやら、病院で働いていた時は若く見せるために変装していたようである。つまるところ、スッピンを見られて恥かしい訳である。

「……何処かで見たことがあると思ったら思い出したぜ。薫さんよぉ」

 エリックが何か恐ろしいものでも見たような目で薫を指差して、力強く言い放った。

「あんたは裏では幻となっている伝説のおばちゃん! 『オバチャン・ザ・オバチャン』だな!」

 エリックの放った単語に思わずコケる狂夜。
 しかし、薫は不敵な笑みを浮かばせてからエリックにこう返す。

「よくぞ見抜いたね。褒めてあげるよ」

 なんか得意げにポーズを取った。と言うか、年を感じる為にやけに苦しい感じがするポーズだった。

「エリック、このおばちゃんがなんだって言うんだい!? 凄いのかい!?」

 話に全く着いていけない狂夜。そんな狂夜の為にエリックは解説を始めた。

「『オバチャン・ザ・オバチャン』とは! 嘗てロシアの伝説のスパイ、ピラミッドを制覇した、ウルトラマンを圧倒したゼットンを指パッチンで倒したと言う様々な伝説を持つ、伝説のオバチャン!」

 凄い嘘っぽいな、と狂夜は思った。

「戦って、戦って、戦い抜いて! 神話の世界において、聖戦で最後まで生き残った伝説の黄金の戦士と言う噂もある!」

「いや、エリック! それ絶対に嘘だよ!」

「よしな若造。どれも今じゃ大切な思い出さね」

「あんたもこの場においてそんな事を言うのか!?」

 最早メチャクチャだった。と言うか、本当は何歳なんだこのおばちゃんは。

「さて、そろそろ清掃員としての仕事を実行させてもらうかね。あんた等どきな」

 薫はそう言うと、エリックと狂夜の肩に手をかける。すると次の瞬間、彼女は年齢の高さも感じさせない強力な腕力で一気に二人を部屋の外へと放り投げた。




 団長と従業員に変装したドクキノコの暇つぶしはカジノでの二人の勝負だった。つまり、ポーカーをして暇を潰しているのである。

「2ペアだ」

 団長が五枚のカードをドクキノコの前に出すと、彼はにっこりと笑顔で自分の手札を団長に見せた。

「フルハウスです」

「だあーっ! またお前の勝ちなのか!?」

 実はこれでドクキノコの15連勝である。団長と団員の関係でなかったら団長はドクキノコに丸裸にされていただろう。

「時に、ドクキノコ。確かお前はこういう船に乗っていてもおかしくは無い身分だったな」

 不意に、団長がそんな事を言ってきた。
 それと同時、ドクキノコの表情が暗くなる。しかし、それを振り払うかのようにして彼は笑顔で団長に返した。

「昔の話ですよ……確かに俺は昔、比較的リッチな家で暮らしていましたが、自由なこっちの方が似合ってると自分で思ってますよ」

 ドクキノコは本名を中野・吉彦といい、実は結構裕福な家で育った男である。しかし、長男であるために後継ぎ云々、家の事云々、エトセトラと様々な課題が重圧となってしまい、家出してしまったのである。
 無論、置手紙まで出して家出したのだから今更戻る訳にも行かず、かと言って行く当ても無いのでフラフラと街の中をさ迷っている所、団長こと橘・弘志と出会い、団長軍団に引き込まれ、今に至る。
 しかし団長は自称とはいえあくまで「悪」を貫こうとする迷惑な男である。こんな奴についていって後悔しないのか、と言われたら難しい。何せ、この「ドクキノコ」という名前を名付けられた時点で1回後悔しているし、この前牢屋にぶち込まれた時だって後悔した。
 しかし、それでもなんだかんだ言って彼は今の比較的自由で、対等な立場で話し合える仲間と共にいる今の生活が気に入っているのだ。家にいた時は顔の色をうかがうような連中ばかりで、友達もペットの犬くらいしかいなかった為、余計にそう思えるのだ。

「さて、予定まで1時間切ったか……」

 そう言うと、団長は山札から新たなカードを引き始めた。




 オークション会場にて。エリックと狂夜は部屋から追い出されてしまったので、この場で何となくぼーっとしていた。
 開始時刻までまだ時間があるため、特にする事も無く、かと言って部屋にもいけないとなれば呆けるしかないのである。と言うか、彼等の脳みそではそれくらいしか考え付かないのである。

「………ところで、何で此処にメイドがいるんだ?」

「さ、さあ?」

 しかもどういうわけか服装が赤い。それこそシャア専用を通り越してジョニー・ライデン専用並である。
 しかも見た目が結構可愛い。それこそ反則的レベルなまでに。兵器で言うと核レベルだ。真・ゲッターだ。

「普通、メイドってば喫茶店に居る者だろ?」

「エリック、メイド喫茶じゃないんだから……」

 ただ、この二人は困った事に『三次元』の女性には興味が無く、あくまで『二次元』主義者である。エリックに至っては『心のスィートハニー』なる存在まで完成してしまうほどの状態だ。果てしなく人間失格の道を進んでいる。それも止まる事を知らずに現在進行形で。

 そんな時だ。不意に、彼等のもとに真紅のメイドが歩んでくる。営業スマイルなのかよく分らないが、にっこりと微笑んでから、

「すみませんが、お二人様。これよりオークションの準備に取り掛かりますので、お時間になるまでお引取りお願いできませんでしょうか?」

 言われる事がある程度は予想がついていた為、二人は悪態をつくことなく退出しようとする。だが、その直前、

「あ、失礼ですがお待ちを」

 先ほど『出て行け』と言いながら今度は『待て』とはいい身分だな、と思いながらエリックと狂夜は振り向く。
 すると、真紅のメイドは何処か期待したような目でエリックを見て、言った。

「あのー、私達、何処かで会った事ありませんか?」

「は?」

 何を聞いてくるかと思えばかなり予想の裏をつく展開だった。しかし、此処でエリックの脳はこんな感じで回転していた。

(こ、これはもしや新手のフラグなのか!? どうする、『はい』を選ぶか『いいえ』を選ぶか、もしくは『そんな事よりやらないか?』とでも言うべきなんだろうか!?)

 もうメチャクチャだった。そして更に困った事に、彼はこんな事まで脳内で叫んでいた。

(あああああああああ!! ショータロー先生、先輩、マーティオ! 俺はどうすればいいんだ、教えてくれええええええええええええ!!!?)

 彼の痛い意識想像図では、キラキラと光る背景をバックに翔太郎と先輩とマーティオが「あはははは」とか言いながら微笑んでいる図が構成されていた。
 ただ、此処でマーティオがリアル通りだったら一瞬で『知るか馬鹿』とか言うに違いない。あの男はそういう奴だ。

 取り合えず、現在のエリックに与えられた選択肢はこんな具合である。


1.『そうかもしれないね』

2.『悪いが、知らないな』

3.『そんな事よりやらないか』

4.『そんな事より今宵はルパンダ~イブ!』


 なんか知らない間に新しい選択肢が増えていた。普通どおりなら此処で一旦セーブをしてデータを保存しておく物だが、残念ながら現実世界にそんなリセットと言う名の便利機能は存在しない。

(はぁ! いかんいかんいかーん!)

 しかし、此処まで来た時、エリックはふと我に帰った。

 彼には自身に誓い、決して破るなと言う掟が存在しており、その中の一つに『三次元の女に恋するな』と言う人間的にどうかと思われる物が存在しているのだ。此処で選択肢3か4を選んだ時なんか心のスィートハニーに会わせる顔が無い。

「わ、悪いが知らないな……」

 結局、彼は選択肢2を選んだ訳だが、自身の脳の中にいる100人ほどの自分と会議し続ける『エリック会議』でかなり疲れたようである。目が虚ろだ。

「そうですか……」

 真紅のメイドさんは何処か残念そうな目で俯いてから、爆弾発言を口にした。

「何処と無く雰囲気が似ていたので、もしかしたら貴方が愛しの怪盗様じゃないかと思ったのですが……」

 それを聞いた瞬間、エリックと狂夜は思わず噴いた。
 実際の所怪盗な訳だが、それになんでまた『愛しの』と言う変な単語がつくのだろうか。兎に角、突っ込み所満載な台詞だった事には違いない。

(エリック、君はこのジョニー・ライデン専用みたいなカラーのメイドさんと知り合いなのかい!?)

 狂夜がエリックの耳元でメイドに聴き取られないように呟くと、エリックは慌てて首を横に振りまくった。

(知らない、俺は知らないぞこんな娘!)

 嘘はついていない。本当に知らないのだ。こんな可愛い娘、しかも真紅のメイドなのだから、出会った瞬間から記憶しているはずである。兎に角インパクトがあるのだ。

「あー、ちょっち訊きたいんだけど、いいかな?」

 それに反応した真紅のメイドはにっこりと微笑んでから反応する。

「はい、なんでしょうか?」

「あのー、『愛しの怪盗様』ってもしかして怪盗シェルの事?」

 すると、真紅のメイドは当然だ、とでも言わんばかりの笑顔で返答した。

「はい、そうですよ。私の王子様です」

 何処か少女漫画みたいな感じで目がきらきらと輝いている。マジだ。エリックと狂夜はその夢見る女の子を見てそう悟った。

「あー、でもこんな事を言うのもなんだけど、その怪盗様は君の事を知っているのかな?」

 この状況の前に狂夜も汗びっしょりの状態で真紅のメイドに言うと、彼女は少々怪訝そうな顔をしてから言う。

「ええ、知っているはずです。何しろ、以前一度会った事がありますし……」

 次の瞬間、狂夜がエリックを素早い動きで問い詰める。

(嘘をついたねエリック……!)

(ちょ、ちょっとタンマ! 俺本当にあんな赤メイド知らないだよ!)

(でも、向こうは知ってるとか言ってるじゃないか!)

 エリックは狂夜を無理矢理振り解いてから、再び真紅のメイドに問う。

「な、なあ。済まないが何処でどんな具合で出会ったのかなー? 今度書こうと思ってる小説の参考にしたいんだけど……」

 苦しいいい訳だな、と狂夜は思ったが、真紅のメイドは全く不思議に思わなかったようである。彼女はやけにあっさりと当時の事を語ってくれた。




 マーティオがまだオーストラリアでDrピートの世話になっているとき、エリックはアメリカで16歳にして泥棒デビューを果たしていた。
 当時の四天王であるネルソンを辛うじて退け、狙った獲物は絶対に逃さないと言う印象を根強く世間に残した彼はアメリカで知名度を上げていったのである。特にポイントなのは、予告状に書いたものしか盗まない事であるが、コレを始めたきっかけは実はイシュと言う組織が影でとある大富豪と繋がっていると言う噂を聞き、それを快く思わなかったのが始まりだった。

「かー、こうなりゃ俺が立ち上がるしかないな!」

 実はこの男は最初、ほんのちょっとだけの正義心のつもりで泥棒をしたのである。なんとかして気に食わないイシュと言う組織に目に物言わせる為、彼は大富豪の屋敷に忍び込み、片っ端から高価な物を盗んでいったのである。しかもこの時に限っては専門の鑑定士に協力してもらい、価値がないと判断した物はわざわざ返しに行っているのだ。これには盗まれた側としては色々と精神的に堪える物である。

 問題の出会いはこの最初の泥棒行動にあった。

 当時の真紅のメイドは、名をサンディ・エル・ソルドヴェイクと言い、実はこの大富豪の一人娘であった。ただ、彼女は自分の家をエリック同様快く思っておらず、何時か家をぶっ壊してやろうとか思っているほどであった。
 そんな時、エリックこと怪盗シェルがナイスタイミングと見える状態で自分の家に忍び込んでくれた。
 そしてサンディはどうしたのかと言うと、

「構いませんから全部徹底的に盗んじゃってください!」

 と言うわけで思いっきり手伝っていた。ただ、問題なのは此処で彼女のハートもこの泥棒に『盗まれてしまった』ことであった。

 サンディが言うには、去って行く怪盗に向けてこんな事を言ったと言う。

「何時か私を盗みに来てくださいな~」




 エリックと狂夜は唖然としつつ、夢を見ているかのような、それでいて幸せそうな顔で語りを終えたサンディを見ていた。

「……エリック、君はそんな事してたの?」

「……そんな事もあったような、なかったような」

 一番最初の泥棒活動については覚えているが、サンディについてはすっかり忘れていた。いや、正確に言えばこんな奴もいたな、と言うレベルで、正確な顔までは覚えていなかったのだ。この男はデリカシーの欠片もない男だった。

「しかし、怪盗シェル様は今でも泥棒活動を続けているにも関わらず、私のところには来てくれませんでした」

 サンディが再び語りだしたその直後、又しても彼女の口から爆弾発言が飛び出した。

「ならば、と思い。私は怪盗シェル様を追うため、警察になったのです!」

 その瞬間。場を沈黙が支配した。
 数秒の間沈黙が続いたかと思うと、エリックと狂夜が同時に叫ぶ。

『な、なんだってえええええええええええええええ!!!!?』

 衝撃的だった。
 それこそ隕石でも降って来たかのような、そんな衝撃を覚えてしまう。

「ちょ、ちょっと待った! あんたメイドじゃ無いの!?」

「いえ、一応警察です。しかし、こう見えても当時は新米だったので、血の滲むような努力をし、現在は『メイド巡査』として活動中です」

 予想を大きく越える展開だった。と言うか、話の流れ的に彼女は何処かで特殊訓練でも積んで来たのだろうか。

(何にせよ、予想外の敵が現れたって事か)

 敵といえるのかは正直に言えば微妙な所なのだが、取り合えず執念で行けばネルソンと同等かそれ以上の厄介な存在と言える。

「そして今日、遂に私は怪盗シェル様関連の事件に関わる事が出来るのです! ああ、なんと言う幸せ!」

 サンディは妙なリアクションでその場にへたり込む。この余りのリアクションの仕込み具合にはエリックも狂夜も驚くばかりだった。

「怪盗シェル様、今宵はこのサンディが貴方を逮捕します! そして共に牢屋で素敵な新婚生活を築きましょう!」

「いや、あんた話し飛びすぎだなオイ!?」

 その時、エリックは汗びっしょりになりながらも思った。
 今回は絶対に捕まる事は許されないな、と。



 そんな汗びっしょりなエリックを他所に、気付かれない様にエリックと狂夜を射抜くようにして睨む一人の男がいた。まるで骨の様な印象を持つ灰色の髪がやけに特徴的な、サングラスをかけた青年である。

「ケケケケ……見つけたぜぇ、ランスとソードぉ!」

 狂ったように目をギラつかせながら、彼は言う。抑えきれないような衝動に身を任せ、身体を震わせながら。

「中国の病院じゃ手ぇ出すなって事だったが……今回は兄貴から許しが出たぜ。さあ、」

 青年は指をパキパキと鳴らしながら、舌で自身の口の周りを舐め始める。

「今宵は骨の海だ……!」




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